「誰が」に重きを置きすぎていませんか?思考を操作されていませんか?
「誰が言うか」よりも「何を言うか」を大切にしたい。
そんな考えは「自分なり」「自己流」だという批判を恐れずに。


「何を言うか」よりも「誰が言うか」

 実力のある(と言われている)発信者たちが、
「誰が言うか」が大事だと発言しているのを、何度か目にしたことがある。
それが、後発の発信者へ少なからず影響を与えている。

「誰が言うか」が大事であれば、
稼いだという実績がないものは何も発信できないのか、と思ってしまわないだろうか?
黙って言われることを聞いているしかないのか、と思ってしまわないだろうか?

先発の発信者に、
”「素直」であることも成長に欠かせない”
と言われればなおさらである。

ここでいつまでも「素直に」「思考停止」状態でいたら、
その先進んでいけなくなる。
「進んでよいのか」
「どう進んだらよいのか」
「自分がどんな状態になったら発信するにふさわしくなるのか」
そんなことを考えて止まらなくなる。


「誰が言うか」に縛られていると動けなくなる

疑問の目を持つことは大事。

ただし、最初から「自分なり」では道を外してしまうので注意。
運転方法もわからないうちに、フェラーリを自分なりに乗りこなそうとしているようなもの。
それはどう考えても恐ろしい。

自分がどんなビジネスの形で進むのか
そのためのロードマップはどんなものか
を理解するまでは、素直は大事。
でも、その後は常に疑問を持って思考することが大事。

「誰が言うか」に縛られていると、何者でもない時点での自分のあり方が苦しくなる。
どんな立場でも「何を言うか」といった中身が問題なのだから。
それには、「何」が普遍的な内容であることが前提となる。


「何を言うか」を大事にしないと

「誰が言うか」が重んじられすぎると、極端なことを言えば、
「○○さんが言ったから大事なんだ。」
などという話になってしまう。

盲目になりすぎるのも考え物。
実力がある人は聖人じゃあない。
実力がある人が発言する内容が、何でもかんでも重要かと言えばそうではない。
なぜなら、実力者も販売者だからだ。
力を持つほどに、技術も長けてくる。
何のための?は言わずと知れた・・・。

教えられている側は、購入者の立場だ。
販売者から見た購入者。

だから、自分の頭で考えることが重要。
「何を」を常に考える。
どんな立場であっても考える。
初心者であれば初心者なりの「何を」がある。
(初心者の気持ちはいつか消えます。初心者の気持ちを忘れずにずっと持ち続けるのはムリに等しい。)


まとめ

「誰が言うか」ではなく、「何を言うか」に注目することが大切。
「何を」という中身をよく見ること。
そして、最も重要なのは、「何の目的で」それを語っているかということ。

SNS上で、何の目的もなしに語る人はいない。
いや、この世の中で、
何の目的もなしにわざわざ発信する人などいない。

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